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2021-01-07

正しい知識をもつ

私があまり放射線について、調べたり警戒してこなかったのは、例え放射性物質が体内に入ってもそれを排出してくれるものを食べていたり、または排出できる体になっておけば大丈夫だと考えていたから。

でも、すみれやさんで放射線についてのお話し会に参加して、私の考えがものすごく浅はかで無知の上に成り立ってたことを知りました。

放射線には、自然界のものと人工的なものがあること。私が知るように、放射性物質を体外に排出する食べものは確かにある。あるにはあるけれど、排出させる食べものが体に入り、放射性物質を実際に排出するまでには時間を要するということ。人工的な放射線が人体に及ぼすスピードは想像をはるかに越え、食べもので体外に出す、なんて、そんな悠長な事をいってられる事ではないということ。

 

まず知っておきたいのが、放射性物質と放射能と放射線の違い。どれも似たような感じに聞こえるのでよくわかってなかったけど、放射性物質は、放射線を出す物質。放射能は、放射性物質が放射線を出す能力のこと。人に危害があるのは放射線ということをまず知りました。

そして、そもそも放射線は自然界にも存在していて、宇宙からも注がれていて、病院でのエックス線や原発以外でも生活の中ですでにたくさを存在しているということ。

放射線というのは、上にも書いたけど放射性物質が放つもので、放射性物質は元素で、元素は、水も酸素も、水素も鉄も亜鉛も銅もその他にも学校で習った元素記号のもの、そのいろいろから放たれているってこと。

その中で、ウランという元素が放つ放射能がとても危険で、体に及ぼす影響が計り知れなくて、その放射能は浴びないに越したことはないということ。

ウランを使っているのが原発で、その原発の放射線の中にも何種類かあって、そのどれもが体にとって良くないものなんだけど、散乱銃を浴びるかのように一気に、短時間で、無数の放射線が体内に侵入し、細胞を破壊するものや、複数名に一斉にピストルで撃たれるかのように(一気に無数にではないにしろ)体内に侵入し細胞を破壊するもの。ゴム鉄砲で攻撃されるかのようにスピードはゆっくりだけど確実に細胞を破壊するもの等があって、それぞれにスピードと量が違う。でもどれもが確実に細胞を破壊する。

散乱銃で撃たれるかのように一斉に体内に入り細胞を破壊するものは、散乱銃を想像すればわかるように持ち玉が早く無くなる。だから、ある程度時間が経ってからの計測では、その放射線は数値としてでてこなくなる。

時間が経つにつれ、ピストルもゴム鉄砲も持ち玉が無くなるように、空気中の数値としては低い値になっていく。

数値として低いから、またはでてこないから、もう安心。そういうわけではなくて、もうすでに、低い値になるまでに、数値にでてこないまでに、空気中にはすでにたくさんの放射線が放出されたということ。そしてそれを、人・動物・植物・土・建物など存在しているもの全てが浴びているということ。

放射線は体に入ると健全な細胞を破壊する。それは放射線が何かにぶつかった時に壊れるという性質を持っているからで、だから細胞とぶつかる事で細胞を破壊する。それは動物も植物も一緒。そして、放射線が何かとぶつかって壊れる以外にもくっつくという性質もある(これは確かに粒子の大きさの問題だったと思うけど、不確かでごめんなさい)くつや服に付着したら人が動く事で移動する。土に付着したら土が運ばれれば移動する、付着した木を燃やしたら、空気中に放たれる。

原発の事故は、起こった場所、そこに住んでる人達だけの問題ではない。

 

原発で事故が起きたら、一目散に遠くへ逃げる。とっとと逃げる。なりふり構わずに逃げる。

少しでも、少しでも、放射線を浴びないためにひたすら遠くへ逃げる。

これがまず最初にとる命を守る行動。

もし、放射線を浴びてしまったら、破壊され傷ついた細胞の修復のために、体を休めたり栄養をとったりして回復させていく。自己治癒力を高める生活をする。そしてそれは、普段からその生活をするよう心がける。添加物が入ったものを避けたり、農薬がかかったものを避けたりしながら暮らしていくことが大切。

そう教えてもらいました。

 

 

 

でもね、こういうのって、すっごくすっごく大切な事だと思うのに、教えてもらった記憶がなくて、きっと学校でも教えてなくて、テレビやラジオなんかでもこういう話題って避けられてる気がする。

なんでなんだろう?

 

原発は安心。原発は安全。原発は必要。原発は良いもの。

 

そう思わせたいのかな?

 

 

 

いろいろなものが電気を使用するようになっていて、電気(電化製品)で溢れてる今の世の中。

「電気、いいでしょ?楽チンでしょ?  だから原発必要でしょ?」

そう誘導されてるように思えて仕方がないけど、どうなんだろう?

原発は、人が制御できる限度を超えてるように思うのに、なのに、原発を安全な神話のようにしようとするのはなんでなんだろう?

 

原発なんて無くなればいいのに、と思うけど、でも、それにかわる何かがないと、原発を無くすことはできないんだろうかなぁ?

原発を無くすためにの行動っていったって、何か大きな力が働かないと、人の心は動かないのかもしれないし、行動も変わらないのかな。

難しい問題だなぁ。

 

 

でも、

私は単純に、夜の街の明かりを消してほしいな。

そしたら、星がよく見えるから私はうれしいな。

 

たまには家の明かりも消してローソクで過ごしてみるのもいい。

そしたら、家族の距離が近くなるし。

 

電気で炊くご飯もいいけど、火を使って土鍋で炊くご飯の方が私は好きだな。

土鍋で炊いたほうが単純においしいし、保温ができない分、炊きたての温かいごはんを食べられることに喜びを感じる。

 

テレビもたまにはいいけど、本を読んだり家族で話したり、誰かと電話したりする時間を大切にしたいな。

そのほうが、時間の流れが穏やかに感じる。

 

 

私には、すべての電気を使わないっていう選択はできないけど、使うことを減らす努力はできる。

小さな努力かもしれないけど、努力あるのみ!でやってみますね。

 

これを読んでくれた人が少しでも、電気や原発や放射線に対して意識を向けてくれたらうれしいけど、私の知識がまだまだなので、もっと勉強が必要だと思ってます。

 

本当の真実は、自分から探しに行かないとわからないっていつも思っていて、だから勉強会やお話し会に参加して少しでも自分の中に正しい知識を入れたいと思ってます。でも、『風の時代』と呼ばれる時代に変わって、突風となった風がいろいろなことを吹き飛ばしあぶり出すように、これからは真実もそうやって明るみに出てくれたらいいのになぁって少し思ってます。ま、どうなるかわからないんですけどね。

だから、とりあえずは目の前の事に、一生懸命になるだけですね。

 

 

いつものことですが、支離滅裂な長文ですみません。最後まで読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

 

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