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2020-04-07

原点にかえる。

最近『原点にかえる』という言葉が頭から離れません。

 

私は食べ物のことがやはり関心があるからか、そっちの原点を考えてしまうのだけど、

 

原点にかえる  

とは、

命をつなぐ食べ物を大切にする

ということではないだろうかと思います。

 

私は

在来種、固定種、原種、古代米、古代小麦

というものにどうしても惹かれます。

 

おやつに使用する素材も手に入る限りはそういったものを使っています。

 

なぜ惹かれるか

それはこららの品種は、今日に至るまで何十年何百年何千年と命を繋ぎながらきているからで、そこにものすごい生命力を感じるからです。

 

でも、こういった品種はなかなか市場には出回りません。

 

野菜を例に出して考えてみると

現在市場に出回るほとんどのものはF1品種といって次の代へと命を繋がないいわゆる一代限りの野菜と言われています。

F1品種がここまで広がった背景には、種子の独占・大量生産の目的があるんですが

ある会社は世界の種子を買い占め、その会社から世界中へ種を販売するように仕組みを作っています。

普通は、栽培して成長したらその作物から種を採り、それを撒いて育てます。(自家採取)

それを繰り返すことでその風土に対応できる作物へとなるからです。

でも、毎年毎年種を購入してもらいたいと考える会社からしてみれば

それだと種を買う人口が減ることとなり困るわけです。

じゃあどうするか。

 

ニンジンの種を作るとしたら、

例えば、形がきれいな品種のものと、味がよい品種のものをかけ合わせる。

かけ合わされた種は初めの一回はお互いのいい部分を出し合って成長するので、形も味もいいものができます。(優勢の法則)

一度にたくさんの量がほとんどどれも同じような大きさで、味もいいわけですから、出荷する側からしたらロス(廃棄)が少ないというメリットがあります。

でも、二度め(二代目)はどうかといったら、今度はお互いの悪い部分がでたりすることもあり一度目と同じニンジンを作ることが難しくなります。

したがって、また種子を購入するということになるわけです。

 

これは、

人が、安くて、価格が安定していて、形の揃ったきれいな野菜を好み求めた結果でもあるんですが、

結局何が言いたいかというと

自家採取をして、次の世代そのまた次の世代へと命を繋ぐ在来種や固定種が野菜(しいては食べ物全部においても)原点であり、大切なんじゃないかということです。

 

 

 

人は生き物です。

生きていく上で食べなければ命を繋ぐことは困難です。

でも、その食べ物が今脅かさせています。

 

命を繋ぐ食べ物が生命力にあふれたものだったなら、

そして、添加物や化学調味料に頼りすぎずに

自分や家族のために、身体に合わせた(身体が求める)食事を作り食べることが日常になったら

わたしたちの体はもっと生き生きとするだろうし

動植物の命をもらって自分の命を繋いでるということに多くの人が気づけば

もっと世界は変わっていくんじゃないかと

そんなことをいろいろと考えました。

 

 

 

 

あたりまえのことだけど

私たちの体は自分が食べたものでできています。

空腹を満たすためだけの食事ではなく

身体が喜ぶ食事を大切にしたいです。

そして、それはおやつも同じと考えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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