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2021-10-22

オレンジがかった黄色の光

いつからか、満月の日に神社に行くと頭に映像とかイメージとかがふっとやってくるようになりまして。

先日その事を知人に話していたら、「それはいつから?」と聞かれたので思い出してみるとそれは父が亡くなってからだと気づきました。

父が亡くなってからだと答えると「じゃあ、お父さんからのメッセージかもしれないね」と知人。

思いもしなかった事だけど、なるほどそういうこともあるのか!となんだか妙に納得した事がありました。

 

それで、最初の満月の日の話しに戻るんですけど、満月の日に入ってくるイメージがどういう意味なのか、それを考えるのが謎解きみたいで楽しくて最近やっています。

前回はクラウチングスタートで構える少女のイメージ。それは準備はととのった(時は満ちた)から走り出しなさい。とのメッセージでした。

今回はですね、天と地を繋ぐ、オレンジがかった黄色の光なんです。上から真下へすーっとのびる一筋の光。

このイメージの解読は難しかったです。

天(目に見える世界)と地(目に見えない世界)を繋ぐということですから、思考と肉体の一致?

いやいや、目に見える事柄(地)と目には見えないけど実際には起こっている事柄(天)を繋ぐということ?

いろいろ考えを巡らせましたが、ピンとくるものがなく、一旦思考を放棄。

 

そして今日です。

朝、残月を見ながら、ぼーっとしているときに子どもとの会話を思い出しまして、そしてピンときたわけです。

月って月が動いてるように見えるけど、実際には地球も動いてるんですよね。

それがまさに、目に見えているもの(世界)と、目には見えていないもの(世界)だったんですよね。

目に見えている世界と目に見えていない世界というのは、少し違っていたりする。

表面上または表面的に見えるものは、実はいくらでも取り繕う事ができるし、いくらでも情報の操作もできる。

真実はというと、また別の所にあったりもするわけです。

目には見えていない世界、裏側の世界ともいうかな?そういうところにひょっこりあったりする。

だから私は裏側が好きなのかもしれないです。裏側を知ると、いろいろと見えてくるものがあるから。

それは落ち込むことや、腹が立つことも多い。

だけど、それを知るから奮い立つこともあったりする。

 

ということで、光はやっぱり、目に見える世界と目には見えない世界を繋ぐということだったのです、たぶん。

 

やっぱりとたぶんが同居してしまい、どっちなんだ!という感じですけど、今のところはそんな感じです。

 

では、また。

 

 

 

 

 

 

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